校歌小史


 

明治40年に折原僖一郎先生作詞、音楽学校作曲で初代の校歌が完成。明治期はその校歌が正規の校歌であった。

 

また、現在歌われているの(2代目)校歌は当時既に存在していた(明治40年3月に完成と伝承)が歌われてはおらず、大正末期(大正12〜13年頃)に「こんなにも良い歌があるのだから」ということで内藤校長の時に武島羽衣先生の添削を得て『細き流れ』が正規の校歌に指定され、今日まで歌い継がれている。

 

記録は定かではないが、第二次世界大戦前に校歌第4番が完成する。

 1974年(昭和49年度)の生徒手帳では、終戦後30年近く経っていたが校歌4番は記載されていたことが本校バスケットボール部OB会のHPにて知ることができる。筆者は「入学式後、この手帳を渡されたと記憶していますが、担任の先生(ご自身も春高OB)が『4番は今の時代にそぐわないから歌っていない』と一言ふれたことを覚えています。ということで校歌は実質3番まででした。」と語っている。

1989年(平成元年)に刊行された創立90周年同窓会名簿には校歌は3番までが記載されている。校歌4番は、このころに影の舞台からもおだやかに消えていったのであろう。